| 『くじかれた第一歩』 西安到着の第二日目、西安交通大学に入学を決めていた私は、早速学生手続きをするべく大学を訪ねた。 夢にまでみた中国での生活に胸をわくわくさせながら向かった先は留学生を専門に管轄する「国際交流事務室」であったのだが、そこで私を待っていたのは理不尽な出来事ばかりだった。 午後二時から手続きをしているというので、私は五分前くらいに事務室の前に到着した。ドアにはまだ鍵がかかっており先生は到着していないようだ。 ところが十五分過ぎても三十分過ぎても現われない。場所を間違えたかと思い、傍を歩いていた学生につたない中国語で留学生センターの場所を聞くが、彼はどうやら知らないらしい。 困り果てた私は、地図を見ながらもう一度建物の位置を確認しながら周囲を歩いてみることにした。しかしどう見ても、この場所に間違いない。戻ってくると、ちょうど事務員らしき人が自転車を止め、ゆっくりした足取りで事務室に向かってくるのが見えた。日本では考えられないが中国人にとってはこの四十分程度の遅れなど問題ではないらしい。 その事務員さんの後について事務室のような部屋に入ったが、事務員さんは何も聞いてこない。仕方なしに私は話しかけてみた。 「昨日お電話した留学希望の田村です。超先生はいらっしゃいますか?」 すると、彼が不機嫌そうに自分がそうだと言った。事務員の人と思ったのは、じつはその留学センターで一番偉い超先生だった。いや驚いた。なぜなら、彼の服装が道路を清掃をするおじさんの服そっくりであり、とてもそうは思えなかったからだ。 目を丸くしている私に、彼は「それで、何か用?」と聞いてきた。いくら偉い先生だからってこの態度はないと思うが、そんなことはおくびにも出さず、昨日電話で入学希望の話をした田村だともう一度言い、二人部屋に入れてくれとお願いした。なぜなら二人部屋は一人部屋より料金が安かったからだ。 昨日の電話ではすごく調子の良い声で二人部屋をオーケーしてくれていたため私は入寮手続きはスムーズにいくとばかり思っていた。ところが、彼は突然回答を翻したのだ。 「今二人部屋はいっぱいだから入れない。一人部屋しか空いていない」 驚いた私は、どうして昨日は良いと言ってたのに今日はダメなのかと聞いた。たしか、昨日の話では留学生寮は殆どが二人部屋で五部屋くらいはまだ空きがあるという話だったのだから彼のいうことは何かおかしい。すると彼は、「とにかく二人部屋はない、ダメ」の一点張り。顔はずっと不機嫌のままだ。 理由を説明しようとしない彼に私はついに怒りを爆発させてしまった。 「こんな無責任な返答しかできない先生なんて最低やで。私、別の大学に入るわ。日本の友人にもこんなところ勧めない!」 するとびっくり、急に超先生の態度が豹変したのだ。 先生は不機嫌そうな顔を一転ニコニコ顔に変え、「もう一人あなたと一緒に住める人を見つけてくれば住めますよ」と言ってきた。 あるんじゃん、二人部屋。二三分前までは「ない」と言っていたのに、こんなことを言われると余計腹がたってくる。まったくウソつきだと思いながらも、私は相棒を見つければ二人部屋に入れるのかともう一度先生に念を押し、相部屋を希望してくれる留学生を探しにいくことにした。 でもこの時間皆出かけていてだれも寮内にいない。超先生はといえば、困って寮内をうろうろする私が目に入らぬかのように別の仕事をし始めた。ホントここの先生はおかしいと泣きたくなった。 「もうこんな先生はあてにしてられへん」 そう思った私は、一人空き教室で「相部屋募集広告」なるものを作成し、一階にある寮の掲示板に貼り付けた。一階にいる寮の管理人と世間話をしながらひたすら学生の帰りを待つ。 待つことなんと二時間。あとから考えればこれでも運が良いと思うのだが、たまたま一昨日から留学生寮の一人部屋に住んでいた人が一緒に住んでくれることになった。私たち二人は、哀れな留学生の事を忘れてしまったかのように早々と帰宅の準備をしている超先生をとっつかまえて二人部屋の契約を交わした。既に時計は夕方六時をまわっている。この入寮手続きに結局四時間も費やした私、もうふらふらである。 そんな私にジャン先生はすずしい顔をしてのたまった。 「寮生活は全く問題ない、心配しなくてもいいです」 「コノヤロ〜!何が問題ないだと?第一日目がこんな始まりなのにこれからの生活を心配しないヤツがいるか!」 喉元まで出かかった言葉をゴクリと呑み込む。頭に血が上るわ、体はほてるわで眠れなかった留学生活第一日目。こうして始まった私の留学生活はその第一歩から中国人に挫かれたのだった。 (完) |