『平凡なサラリーマンはイヤ

 西安に留学して半年が経った頃、私は西安交通大学の英語学科に編入し中国人学生と一緒に授業を受けていたことがある。

留学生だけが集まって勉強する単調な中国語の授業に飽きてしまった私は、それまでも、大講堂で行なわれる毛沢東思想やマルクス思想などを扱った哲学の講義をもぐりで聴講したり、中国人の文学部研究生の計らいで中国文学の講義に参加したりしていた。

最初はナマの中国人である教授の講義がさっぱり聞き取れなかったが、半年も続けていると自然に耳が慣れてくるから不思議だ。特に中国文学の講義は面白かった。

 司馬遷に始まり魯迅や周作人、史仲文など現代の中国文学者の小説や散文を読み解いていくのだが、髪をべっとりポマードで撫で付けヒチサン分けしたご年配の教授が、クソ真面目な顔をして、司馬遷がじつはゲイだった、とか魯迅と知られざる愛人との秘話など、下世話な話を盛り込むものだから、私はつい興奮して笑ってしまうこともしばしばだった。

そんなもぐりの聴講を一回経験してしまうと、今までの中国語だけの授業がつまらないものに見えてくる。そんな経緯もあって私は単純に編入を決意したのだ。なぜ英語学科かという話はさておき、とにもかくにも私は2002年9月、西安交通大学の英語学科に編入し、本物の中国人大学生と一緒に正規ルートで授業を受けることができるようになった。

会話、読解、ヒアリングという専門の授業だけでなく、中国文学、哲学・思想、儒学、体育などの授業を二十歳前後の学生と一緒に受け、議論を交わし合う刺激はたまらないものだったし、クラス対抗のバスケットボール大会に向け夜遅くまで一緒に練習し汗を流したことは忘れがたい思い出になった。

 しかし私の何よりの楽しみは授業が終わったあと、彼らの寮に行き、寮の消灯まで彼らとくだらないおしゃべりすることだった。
二十歳前後の彼らは、年配の中国人と違って日中間の歴史問題を語り合うよりは、恋愛や夢、日本や欧米の文化について話すのが好きだった。

 そんなある日のこと、英国人の会話担当教師であったベスが将来の夢について3分程度スピーチをする課題を出した。この課題はうら若い同級生にとって大きな話題になるらしく、仲良しの劉さんや邦さんは会話の授業が終わり午後の授業に入ってからも、「亜子はどんな夢があるのか」と聞いてきたり、「○○さんはどんなことを話すと思うか」と声を潜めて噂したりと、まぁひとしきりその話題で持ちきりだった。

 夕食後劉さんと一緒に寮に戻ると、劉さんの部屋にはすでに8人ほどクラスメートが集まりあれこれと夢について語り合っていた。これには驚いた。私が二十歳の頃などは夢を人に語るのが恥ずかしかったものだが、彼らにはそんな躊躇いなど微塵もない。さらに私を驚かせたのが彼らの夢のスケールのデカさだった。

 劉さんは大学を卒業したらアメリカに留学し英語を極めたあとで帰国し上海で英語ビジネスを始めるのが夢。また邦さんは、持ち前の美貌と英語力を生かして米中親善大使になり、アメリカ人向けに中国語を教える会社を興すのが夢だという。

女子生徒ばかりが独立志向にあるのではない。男子生徒だって同じだ。最初の数年は会社勤めをするが、スキルが身に付けば独立して貿易会社を興したいとか、アメリカで映画製作を学び、ハリウッドで大ヒットを飛ばすような映画をつくり大金持ちになりたいなど、彼らはスピーチ発表の席で、瞳を輝かしながら各々の夢を語っていた。どうやら中国人の若者の夢はとてつもなくでかい。彼らが狙うのは一国一城の主の椅子なのだ。

では日本人の若者はどんな夢を持っているのだろうか。

東京の私大に通う21歳のバンドマンの友人の夢は、テレビ局に就職し社長になってマスコミを牛耳ることだ。また、神戸の医療技術短大に通う二十歳の女子学生の友人は、卒業後は青年海外協力隊に入ってアフリカや南米で仕事をするのが夢らしい。

でも彼らのように夢を語れる日本人の若者は少ない。それはここ数年うなぎ上りに上昇しているフリーターや二―トと呼ばれる若者の存在を見ても明らかだ。彼らの多くは、自分が何をしたいのか、自分はどうやって生きていけばいいのか分からず、悩みながらその日暮らしの生活をしていると聞く。そんな日本人の若者は夢を語る以前の問題なのかもしれない。

 私が二十歳前後の中国人の若者たちと一緒に授業を受け、食事をともにし、語り合って感じたのは、ちまちま人に仕える仕事よりも、自分が陣頭指揮をとり、何か事を成し遂げる人間になりたいというハングリー精神や野心が彼らにはあるということだ。

 自身の夢を熱く語る中国人の若者の姿を目の当たりにした私は、ふと、「寧ろ鶏口となるも牛後となるなかれ」という中国の古典「史記」にある言葉を思い出した。これは、戦国時代、蘇秦という人が、秦国に脅かされた6つの小国に対して、「大きな牛に征服されて従属するより小さい鶏としてでも独立国でいるべし」と、お互いの結束を説いたときに引用した諺だ。

現代的には、「大組織の一部でいるより、独立して自分の城を持て」と解釈されるこの古典の言葉は、現代の中国人の若者の心にしっかりと生きづいているようだ。
                                                      (完)