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『幸せの絶対尺度』 「『健康、志、家族、金、恋人、仕事』のなかでお前が大切なものから順番に並べてみろ」 学生の頃、父親が何かの拍子に私に聞いてきたことがある。当時二十歳だった私は、「健康、志、恋人、家族、仕事、金」と並べたのだが、そのとき父親が言った言葉が忘れられない。 「お前はまだまだ甘いな。苦労を知らなすぎる。社会に出てどんどん苦労を買ってこい」 あれから10年、私は苦労を買いそびれたのか、今もってこの順番にあまり大きな変化はない。しかし当時この父親の言葉が強烈な印象として残っていたのか、私は日本人や中国人の友人に同じ質問しては彼らが出す答えを興味深く聞いていた。そしてこのときある事実に気づき驚いた。それは、多くの日本人は最も大切なものとして「金」を挙げないのに対し、8割の中国人が「金」を人生で最も大切なものと位置づけているということだ。 それは80年代にケ小平元国家主席によって進められた改革開放により、それ以降の中国では、市場経済の導入により、「向銭看(金儲けを考える)」といった実利主義が国民の間で支配的概念となったからであろう。そして、中国人の「金儲け」を志向する価値観は今なお変わっていない。 友人の胡さんは河南省の田舎の村から上海に出稼ぎに来て2年になる25歳の女性だ。彼女は上海のカラオケバーで働いているのだが、そこは日本のカラオケボックスとは異なり、簡単に言えばホステスのようなものである。もちろんタテマエ上の仕事はカラオケ客の接待だが、カラオケタイムが終われば、客は好みの女の子を指名し2人で酒を飲むこともできるし、1000元〜1500元(一元=15円)程度の金さえ払えばお持ち帰りまでできてしまうのだ。 中学卒の経歴しかもたない彼女は、上海に出稼ぎに来る前は江蘇省・無錫にある中国企業の工場で働いていたが、すずめの涙ほどの激安給料と一日10時間以上の過酷な労働条件に耐え兼ね上海に出てきたという。そんなとき、同じ河南省出身の人の紹介で働きだしたのが今のカラオケバーだった。 ところが実際働いてみると体を売ることはほとんどなかった。カラオケの後自分を指名してきた客と2人きりで酒を飲むだけ。そのときにちょっと体を触らせてあげれば、彼らは胡さんに200元程度のチップをくれるのだ。200元というお金は無錫の工場で働いていたときの半月分の給料に相当する。 一日20元稼ぐのがやっとの農村を飛び出したのが胡さん18歳のとき。それから無錫で4年、金に苦労してきた彼女にとっては、この仕事ほど割のいい商売はないと映るのだろう。そして指名客を毎月4、5人取れるようになった今、胡さんはこの仕事を当分やめるつもりはないと私に告げた。 理由はそれこそ単純で、「金」になるから。月給は無錫で働いていたときの10倍以上だという。毎日外国人のオジサン相手に酌をし、好きな歌を一緒に歌ってあげるといったサービス業は明るい性格の自分には向いているし、以外に楽しいと言う。数年働いて金を貯めれば大学にだって通えるし、そうすればもっと給料のいい会社で働けると彼女は胸を張った。 日中喫茶店で私と会うときの彼女は、いつもカラオケバーで働いている女性とは思えないほど化粧気のない質素な出で立ちだ。 「今の仕事をやめて家政婦やコンビニのアルバイトをして働くってことは考えなかったの」と聞く私に、胡さんはいつも同じ言葉を繰り返す。 「裕福な亜子さんには分かりっこないわ。今の中国は金さえあれば幸せになれるのよ」 今、上海で生きていくためにはこうするのが最善の方法なのだ、というのが胡さんの出した結論だった。今の彼女にとって金より大切なものはないようだ。 こうした拝金主義を掲げるのは何も胡さんだけではない。「地獄の沙汰も金次第」ではないが、多くの中国人が、中国という国で生きていくためには金が何よりもまず大切だと思っている。金がなければ権力を握れない。権力を握れなければ人から信用されない。人から信用されなければ人生の成功はありえないと彼らは考えているのだ。 |