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『トントン拍子でいいの?』
バブル崩壊以降の日本は、「学歴神話」が崩れ実質的な能力主義の時代に突入した、というようなことが言われているが、社会はそう簡単に変わるものではない。それが証拠にいまだに政治はエリート官僚に牛耳られ、企業の存亡を握っている経営層には一流大学出のオジサマがどっかり腰を据えているではないか。今の日本社会はどこをどう切り取っても学歴重視の縦割り組織でできているのだ。
だからだろう、学歴崇拝、学歴神話が崩れたと言われても、世間の親たちは相も変わらず子どもをいい学校、いい大学に入れるために血眼になっている。
聞くところによれば、今は小学校に上がる前から英語を勉強させるのが当たり前らしい。学校に入学したらしたで、親は成績を上げるためならどんな支出もいとわず、子どもに家庭教師をつけたり学習塾に通わせたりする。いい学校、いい大学、いい学歴を身に付けることが人生の成功の条件と考えているのが今の日本の親の姿である。
しかしこれは日本に限ったことではない。
中国人の親の教育熱も負けず劣らずすさまじい。この教育熱は中国が「一人っ子政策」を打ち出した70年代後半から始まっており、現在は大都市を中心に、日本の教育ママ顔負けの親たちが激増している。
胎教に始まり幼稚園の入園をめぐっても日本同様過激な競争がある。トップクラスの幼稚園になると、1〜3万元(15〜45万円)の高額な賛助金に加え、年間1万元(15万円)もの高額月謝の支払いが待っているが、中国トップクラスの師範大学を出た優秀な幼児教育の専門家に子どもを任せられるとあって、教育ママは必死になって家計をやりくりし、教育費を捻出するのだ。
西安で暮らしているとき、私は西安師範大学で教育学を専攻していた中国人の友人曾さんについて西安で3本の指に入る有名な幼稚園の教育現場を視察したことがある。彼女は日本の大学の教育学科に4年ほど留学した経験もあり、日本と中国の幼児教育の比較を研究していたのだが、彼女いわく、中国の幼稚園は、「やりたい子だけやったらいい、強要はしない」という日本の幼稚園とは異なり、どこの幼稚園も「現代化・国際化」をスローガンに掲げ取りこぼしがないようきっちり管理されているらしい。その教育熱は日本以上だという。
その言葉に半信半疑だった私も、実際に幼稚園を訪問して彼女の話を信じる気になった。なんと驚くことに幼稚園の教師が皆大卒以上で、その多くが教育学を専攻しているプロの教育者だった。日本で保育園や幼稚園に勤務するのは保母の資格を持った人が一般的であるが、それとは対照的だ。また、3歳児くらいになると毎日英語のクラス、中国語の授業、そろばんを習う時間があり、それ以外でも情操教育の一環として、クレヨンで絵を描いたり、クラッシックを聞いたりする時間まで設けられていた。まったく日本以上の英才教育ぶりだ。
いったい全体そこまでする必要があるのだろうか。親は幼稚園に何を期待し、どんな子どもに育ってほしいと思っているのだろうか。私はその疑問を園長先生にぶつけてみた。園長先生はこの道30年のベテラン教育者である。
「中国は日本と違って人口も多いから、それだけ社会に出てからの生存競争が激しいでしょ。待ち受ける熾烈な戦いに備えて、賢い子どもを育てることが必要なのよ。子の将来を心配しない親などいないわ」
間髪入れずに回答が返ってきた。そして彼女は話を続けた。
中国人の親御さんの幼稚園に対する要求は、大きく分けて二つある。一つは集団生活で基本的な道徳を学ばせたいということ。もう一つは中国語を教えてほしい、朗読の練習をさせてほしい、英語に力を入れてほしい等、学習に重点を置いた教育をしてほしいということだそうだ。
その理由は重点小学校(有名小学校)に入学させるためだという。重点小学校に入学できれば、いい中学校、いい大学に入学でき、いい就職先が得られる。そうすれば大金持ちも夢ではない。これが現代の中国人の親御さんの考えだという。
そんなに人生がトントン拍子に進んでたまるか。それに、そんなジェットコースターに乗っかった人生なんて、歩みを楽しむ前に終わってしまうじゃないか。そんなのつまらない。人生は山あり谷ありだからこそオンモロイのだ。
ジェットコースターだけが乗り物ではない。たまには、大海原にぽつんと浮かぶ小舟に一人で乗ってみる経験も人生には必要なのだ。そんなことを考える親は今いないのだろうか。
(完)
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