『ああ無情』
「いい学校に入って、いい就職先を得て幸せに暮らしてほしい」
日本も中国も、親の子に対する思いは変わらない。ただ、同じ教育ママでも、育て方において2点ほど異なるところがある。
一つは中国人の親は子どもの教育をすべて他人まかせにはしないことだ。
子どもの成績が下がった理由を学校や塾の教師の責任にはせず、その原因は自分たち親にあると考える。したがって、子どもが、宿題ができない、勉強が分からないなどの悩みを抱えていれば、親は子どもと一緒に教科書に向かう。そして宿題も子どもにやらせながら傍らで見ているのが普通だ。 これは、日本人の親の多くが自分で子どもに勉強を教えることはせず、いっさいがっさい学校や塾任せにするのと対照的だろう。
中国の古典「大学」の中に「其の家、教うべからずして、能く人を教うる者は之なし」という言葉があるが、これは「自分が教育できる力も持っていないのに他人の教育などまともにできはしない」という意味だ。この教えを中国人の親は体に刻み込んでいる。
小学生の娘を持つ友人の曾さんは、自分自身が子どもの手本になるように勉強し教養をつけておかなければ、子どもにいくら賢くなれ、勉強しろと叫んだところで無駄だとはっきり私に言ったことがある。
もう一つは、中国の子どもたちが勉強に関しては一切甘えが許されないのに対し、一般の日常生活では日本の子ども以上に甘やかすという点だ。
中国人の親は、ほかの家の子どもより賢い子に育てるためなら何でもやる。勉強を一生懸命頑張り成績が上がれば、日常生活の中で思いっきり甘えさせる。家の手伝いはしなくていい、魚が嫌いなら魚を食べなくてもいい、服を脱ぎ散らかしても怒らない、食事の前でもお菓子がほしければ食べていいと、何でも許す。日本人の親はそこまで子どもを甘やかしはしないだろうが、これが「中国式教育ママ」のアメとムチの使い方なのだ。
いずれにしても、中国の子どもは大変だ。まず宿題の量が半端ではない。中国では小中学校の宿題の量が非常に多く、子どもはそれらをこなすだけでもいっぱいいっぱいなのだ。
曾さんの娘は真面目な性格で、小学校から帰って来るとすぐ宿題に取りかかるのだが、その量が多すぎて夜11時を過ぎても終わらないことがしょっちゅうだ。両親やときには祖父母までが付きっ切りで監督しているからそのプレッシャーは相当なものだろう。それに加え「教育ママ」の指導のもと「補習班」と呼ばれる塾やピアノ、バレエなどの習い事に行かされるのだから、彼らに自由な時間はほとんどない。
自分の将来に感じている危機感を、子どもの教育に転化させてしまう親がいるのは日本も中国も変わらない。生まれたときから勉強、勉強で遊ぶ暇もない現代の子どもたちがどんな将来を築いていくのか老婆心ながら心配してしまう。
「教育は国家百年の計」とはよく言われることだが、まさにその通りで、教育は国力に直結する。オトナたちは、子どもの教育を一家庭内の関心事で収めるのではなく、国家の存亡に係わることだという認識を持って行うべではないだろうか。
(完)
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